オイシックスドット大地株式会社 執行役員 統合マーケティング部 部長の奥谷 孝司氏をお迎えした「Tomorrow's Marketer」"CMO対談"は前後編の2部制でお届けします。
前編に続いて後編は、日本が抱える食糧事情に関する課題への意識、今後、テクノロジーが果たす役割の可能性、さらに若いマーケターへのアドバイスも含め、弊社・マーケティング本部長の小関 貴志と共に語っていただきます。
人間の生活の根源"食"に関わるからこそ、果たすべきミッションがある
小関:食という人間の生活の根源に関わる商材を扱っていく上で、特に生鮮食品は誰にとっても必須、身近なものです。その観点ではしっかりエンゲージメントを高めていくことで、ロイヤル顧客化も実現しやすい分野といえるのではないでしょうか。
奥谷氏:そうですね。すべての人のお財布に関わる身近な分野だからこそ、そこに我々が果たすべきミッションもあると考えています。
例えば、日本が抱える課題の一つに、食料自給率の低さが挙げられます。現在、国を挙げて農業改革などが進められていますが、やれることはそれだけでない。実は、消費者一人ひとりが"食べ方"をちょっと変えることも、解決の糸口になるのではないでしょうか。
500円玉があれば、お腹一杯になれるファストフード店はたくさんある。それもいいけれど、たまには500円を少し高価格帯の国産の野菜や魚に振り分けてみる。
食のクオリティアップを意識し、一人ひとりが消費行動を少し変えていくことも、食料自給率改善につながる大事なファクターだと考えています。
弊社では、経営理念の一つに、「食に関する社会課題をビジネスの手法で解決する」を掲げています。今は「家に野菜が届く」という家庭内で完結しているブランド体験を、オフラインのチャネルも使って外部へ拡散した上で、こうした国を挙げてのチャレンジをも、企業としてサポートしていきたい。
食の安全に関する問題意識も高まる中、こうしたメッセージをしっかりと伝えていくことも、ブランディングを実践していく上で大事なポイントだと考えています。

購買後のプロセスをデータ化することで生まれるビジネスチャンス
小関:非常に広い視点でブランディングを捉えていらっしゃるわけですね。そういった大きなチャレンジを含め、企業活動においてテクノロジーがなしうる貢献、その可能性についてもお考えを伺いたいと思います。
奥谷さんの頭の中にあって、まだテクノロジーが追いついていないような、未来のビジョンや構想、新たなビジネスモデルについてお聞かせいただけますか。
奥谷氏:すでにAmazonやGoogleなどの企業を中心に、音声やAIなどを活用したシームレスなショッピング体験を提供する動きが出てきています。
その流れでいえば、例えば冷蔵庫をIoT化し、賞味期限が切れている食品に関してはアラートを発し、追加購入したほうがいいもののサジェスチョンをする。さらに「カロリーの高いものばかり買っていますね。もっと野菜を食べましょう」といったアドバイスまでしてくれるようなことも、いずれは実現していくのではないでしょうか。
弊社でも、食を専門とする戦略投資部門「Food Tech Fund(フードテックファンド)」を立ち上げ、食やヘルスケアに関する新たな研究・サービスの支援をスタートしていますが、実は食の業界ほど、データ化しやすく、かつデータを活用しやすい分野はないのではないでしょうか。
なぜなら、人間は、1日3回、1か月にして約100回、食事をしています。そこには大量のデータが眠っているわけです。
しかし、食材の購買データは、企業および家計簿をつけていれば消費者サイドにも残っていますが、それをどう食べたのか、使ったのかは、まだ可視化が実現していません。
つまり顧客時間でいえば、「検討→購買」のプロセスはすでに解明された。これからは、購買後の時間、つまり食材の処理、使用のプロセスの可視化を進めていくことがポイントだと思います。
そこが可視化されれば、例えば弊社のようなビジネスならば、いつ、どういった食材を、どうオススメすればいいか見えてくる。
また、食の履歴を残していけば、30年後には、子どもの時に母親が作ってくれた味噌汁を飲みたいと思ったら、再現できる時代が来るかもしれません。
アナログな世界にテクノロジーの力を加えることで、さまざまなビジネスの展開、可能性も考えられる。データの可視化を進めていくことで、今後、食の分野はますます面白くなるのではないでしょうか。
成功したマーケティング施策こそ、しっかりとレビューすべき
小関:生活に直結している分野だからこそのビジネスの可能性の広がり、そこにテクノロジーがどう絡んでいくかも、非常に興味深いお話です。こうした未来に向け、若いマーケターに向けてのメッセージ、アドバイスをいただけますでしょうか。
奥谷氏:特にMarketoを始め、デジタルツールを活用しているマーケターに提言したいことは大きく2つあります。
1つは、データドリブンになりすぎない。データを追い掛け回すことが目的化しないよう、意識してマーケティングに取り組んでいただきたいですね。
なぜなら、ツールから得られるデータ自体は何も教えてくれない。まずはデータを元に仮説を作ることからスタートしてこそ、ツールの真の価値は生まれるからです。
そこで必要となってくるのが、先にも申し上げた「見えないものを見る」ことです。見えないものまで見据えてこそ、顧客視点に立った仮説が生まれ、仮説があるからこそ、Marketoを使った適切なコミュニケーションに関するアイデア、ひらめきも生まれるものだと思います。
もう1つが、コミュニケーションやメッセージツールのローカライズを意識すること。例えば、日本ならば「LINE」、中国だったら「WeChat(微信)」といった具合に、コミュニケーションニーズは国によっても異なります。
ターゲットに沿って、メッセージの内容だけでなく、チャネルの多様化も考えていくことが大事だと思います。
小関:弊社でも、パートナー企業との連携を強化しており、「LINE」を活用した施策を実施する企業も増えています。データやチャネルも広い視野で選択していくことがポイントですね。
もう1つだけ。奥谷さんが常にチャレンジしてきた「見えないものを視覚化」していく取り組みを実践していく上で、具体的にはどういったことを意識すればいいのか。アドバイスいただけますでしょうか。
奥谷氏:コンバージョンしたら終わりではなく、その後も見ていく。
例えば、「オイシックス」はネット企業ではありますが、リアルにお客様と相対してのユーザーインタビューも積極的に実施しています。
その観点では、いい話だけでなく、ネガティブな声、表には上がってこないサイレントビューアーにも耳を傾けていく必要があります。
例えば、定期購買をやめた方にその理由をお聞きすると、「多くて使いきれない」という声が挙がってきます。しかし、だからといって少量ロットにすると、配送料を上げなければならない。そこで初めてマーケティングだけでは解決できない課題も見えてくるわけです。
そして、売れたはいいが、ブランドとして正しいプロセスを踏んでいるかも見ていく必要があります。"焼畑農業"のようなことをやっていると、その時は売上アップにつながったとしても続かない。成功したマーケティング施策ほど、しっかりとレビューしていくことも大事だと思います。

小関:とかくデジタルマーケターは、左脳ガチガチで、KPIの達成、売上アップに注力しがちですが、買った後のケアにどれだけ注力し、顧客心理に思いを馳せられるかも重視すべきということですね。
奥谷氏:はい。いくらデジタル時代でも、まだネットとリアルを行き来するお客様が多いという現実を見据え、オフラインで何ができるかもしっかり考えていく。
そのためには、リアル店舗を見に行く。あるいは弊社ならばご家庭に出向いてお話を聞く、といったような地道な作業も必須です。
現場はすべてアナログです。こうしたリアルな現実を自身の目で見た上で、Marketoに戻ってくる。それでこそ「見えないモノの可視化」が実現し、本当の意味での右脳と左脳のバランスのいいマーケターになれるのではないでしょうか。