経済産業省 産業人材政策室 参事官 伊藤 禎則氏をお迎えした「Tomorrow's Marketer」は、前中後編の3部制でお届けしています。

中編に続き後編では、働き方改革におけるテクノロジーが持つ役割について、弊社 代表取締役社長 福田 康隆とともに語っていただきました。

テクノロジーの力で眠った人材の掘り起こしをしよう

福田:2年ほど前に開催した私どものカンファレンスで、アメリカ本社の人間が基調講演をしたのですが、その中で「よくお客様から『マーケター、特にデジタルを活用したマーケティングができる人材が、世の中にいない。どうすればいいのか』と質問が来るが、その答えは『あなたたちの企業の中に埋もれていますよ』」という話がありました。

結局、今の会社の仕組みが、広告なら広告担当、イベントならイベント担当といったように、マーケティングの中でも役割が細かく分かれていて、本当はいろいろなことができる才能がある人がいたとしても、その範囲の仕事しかできないがために、目にとまらないんですよね。そういう人たちを引っ張り上げて経験させてあげれば、能力がある人たちはたくさんいるはずだと思うんです。

これは社会全体でも同じことが言えるのかなと。つまり、埋もれている人たちの能力をどうやって解放させるかということは、企業だけでなく社会全体で取り組むべき課題なのかなと思うんです。

伊藤氏:本当にそう思いますね。オプティマイゼーションというのは日本ではすごく大切なことで、企業の中でも、産業の中でも、国全体の中でも、そこができていない部分が大きい。最もその弊害が大きいのは、大企業です。現実的には皆が経営者になるわけではないので、特に40〜50代で埋もれている人材、悪く言えば滞留している人材が多いのは、事実です。ご本人たちも、今の足元の処遇が相対的に良いがために、次の一歩が踏み出せない。

しかし日本全体に目を転じれば、中堅企業や中小企業を中心として、どこの業界でも、大変な人手不足になっているんですよね。これをAIやデータの力を借りて、うまくマッチングすることは、人材戦略の重要な課題です。

福田:労働時間を短くすることが不可避という中で、経営者が経営計画を立てる際に、人員と予算の金額に関してはシビアになるけれども、時間に関しては本当に無頓着であるという話を聞いたことがあります。ここも工夫次第で大きなインパクトを与えられるはずですよね。

伊藤氏:そう思います。国際的にも、日本は生産性が低いと言われ続けて、なお直っていないわけですが。生産性が低い理由は、大きく2つあると思います。ひとつは「価格に転嫁できていない」こと、もうひとつは「労働時間に対する無頓着」です。

日本も成果主義に向かいつつあるというのは良いことなのですが、日本の成果主義の落とし穴は、結局"人員×労働時間"による成果主義になりがちです。この方程式では、長時間働いた人が勝つに決まっていますよね。今の時代、男女関係なく時間制限なしの正社員という働き方は、ほとんどの人にとって当たり前でなくなっているにもかかわらず、"×労働時間"の成果主義を採っている限り、労働時間に制約のある社員が第一線になることは難しい。無限に働ける正社員が第一線で、限定正社員が第二線になってしまいます。これでは絶対にうまくいかないので、変えなければなりません。

本当の成果主義は、労働時間あたりの生産性を追求することです。今回、結果的には労働時間の規制強化から働き方改革が始まったわけですけれども、そのこと自体はよかったと思っているんです。去年の3月末に労働時間の規制強化を含む働き方改革実行計画が決定された時点で、いよいよお尻に火がついた。"人口が減り、労働時間も減るとなれば、今までのやり方のままで成長するわけがない"という現実に、みんなが初めて立ち至ったわけですから。

福田:そうですね。副業や兼業というと、若い人の話ばかりに目が行きがちですが、定年を迎えた方たちの有効活用についても考える必要があると思っています。実は、我々もすでにリタイアされた方を顧問として迎え入れていたり、ある部門の本部長は60歳を過ぎていて、介護の問題を抱えながら自身の経験値を最も活かせる分野で働いていたりします。

日本の場合、歳を重ねるに従って役職が上がり、逆に部下が減ると閑職のような扱いを受けがちです。しかし、ある年齢を超えると、むしろ一人のプレイヤーとして、チームを支えてあげるという動き方もあるのではないかと思うんですね。多様なポジションの役割分担こそ、今後の経営者に求められる組織づくりに求められていることではないかと。

伊藤氏:日本はシニオリティーを意識しすぎですよね。個人のポテンシャルやスキルよりも、全体の平均値と比較して測ろうとする傾向が強すぎて。アメリカだと年齢差別の観点から、中途採用のときに年齢を聞くこと自体が禁じられています。福田さんのおっしゃる通り、本来それぞれパフォーマンスを発揮できる分野は違ってくるはずなのに、年齢で決まったレールが敷かれ過ぎている結果、個人のスキルで働くことを妨げている側面がありますよね。

でも、この国にはそんな余裕は、もうありません。50代、60代、70代の方にも、当然のように活躍していただかないと。そうした仕組みを作る上で鍵となるのが、東京大学の柳川範之先生がおっしゃっている「40歳定年制」の考え方です。これはもちろん、40歳になったら仕事をやめろと言っているわけではなく、次の40年に向けて、半年でもいいし1年でもいいから、「サバティカル」を取得して、キャリアをリセットしてみたらどうかという話です。

自分が積極的に希望するものであれば、仕事から離れて大学院に行くもよし、副業するもよし。日本企業でもいくつかサバティカルが取れるところがあるのですが、多くは無給なんですよね。それだと難しい面もあると思うので、そこは少し企業でも支援してもらって、また国の方でも支援できないかということで、今、関係省庁で検討しているところです。

政策にもマーケティングが必要だ

福田:冒頭にコロンビア大学に行かれたというお話がありましたが、日本とアメリカの両方をご覧になって、どんな感覚を持たれましたか。

伊藤氏:今日のお話の全体にもつながるのですが、仮に内容が60点であっても、それをしっかり堂々と発信できるのは、やはりすごいことだなと思いました。アメリカの大学院に留学された方の多くがそうだと思うのですが、最初はやはり圧倒されるんです。でも、よく聞いてみると、それほどたいしたことは言っていない(笑)それでも自分の考えを教授やクラスメイトに対して、ちゃんとロジックを持ってプレゼンテーションするというスキルは、圧倒的にアメリカ人が優れています。

この視点はマーケティングにもつながりますね。ビジネスであれば、どんなに良いものであっても売れなければ、意味がないですし、私が担当している政策だって、きちんと個人や企業に知られて人の心に刺さらなければ、意味がないと思うんです。私がこれまで経産省のいろいろな部署で仕事をしてきた中で、ずっと思っていたのは、"政策にもマーケティングが必要だ"ということです。自分たちのやろうとしている政策を、しっかり知っていただいて、使っていただくために、国民と向き合う意識を持つことが大切です。

今、これだけインターネットが普及してSNSがある中で、政策のマーケティングも変わってきています。だから経産省の人材政策室でも、ありとあらゆるメディアと実験的に連携させていただいて、働き方改革や人材政策に興味を持ってもらうきっかけ作りをしています。一例を挙げれば、YouTubeに出ると160万視聴回数といったオーダーになるんです。これは普通の政策広報では、絶対に到達しません。必ずしも数だけが大切なわけではありません。しかし、我々から発信して知ってもらうことは、すごく大事だと思っています。

福田:これまでマス広告の時代には、広告出稿で目に触れる確率を高めることで消費のところまで決まっていたところから、情報量が溢れかえるデジタルの世界になって、一貫性・継続性・パーソナライズといった要素が組み合わさって、初めてその人の心に残るマーケティングができる時代になりました。

加えて、働き方改革や生産性というテーマにおいて、マーケティングが貢献できるところは、ある人がメッセージを考えて、それを伝える手法を考えれば、たった一人で、あっという間に、全世界に対して影響力を与えられる点です。だからこそ、マーケターの生産性が高まる武器を与えることは、ものすごく意義のあることではないかと思うんです。我々もそうした役割を担っていきたいと、強く思っています。

伊藤氏:それは期待しています。私がこれまで仕事を通じて実地で経験してきた政策のマーケティングを、いかに後輩たちに受け継いでいくかという課題もありますので、これからもマーケティングのプロとして、ぜひ意見を伺いたいです。

福田:日本は、なんとなくの暗黙知や、あうんの呼吸などで行っている部分も多くあるかと思います。経験を言語化して体系立てるだけでも、劇的に生産性が伸びる余地はあるのではないでしょうか。

伊藤氏:まさに今は外国人の方も相当入ってきていますし、ダイバーシティの下では、そうしたことを相当意識してやっていかなければならないのでしょうね。

福田:本日は貴重なお話を、誠にありがとうございました。