今後のマーケティングのあり方、マーケターが目指すべき姿について斬りこんでいく連載企画「Tomorrow's Marketer」。今回は、経済産業省 産業人材政策室 参事官 伊藤 禎則氏をお迎えし、これからのキャリアや人材育成について、弊社 代表取締役社長 福田 康隆とともに、語り合っていただきました。

人生100年時代、第四次産業革命など、社会が大きく変化する中で、働き方改革を牽引される伊藤氏。これからの"働く"を考える上で有用な多くの示唆をいただきました。前中後編の3部制でお届けします。

働き方改革による選択肢の広がりに対応していきたい

福田:働き方改革や生産性の向上がテーマとなる中で、私の個人的な思いとして、働き方改革や生産性向上のテーマにおける国の政策は、非常に重要だと考えております。

1950年から60年頃の高度経済成長のときに、日本が何を成し遂げたのかについて書かれた"Japan:The Miracle Years"という有名なケーススタディがありますが、当時、資源がない中で、安い労働力を使って資源を東南アジアから輸入し、最も高く売れるアメリカに販売するとか、購買力を上げるために財閥や各業界のトップ企業に資源を集中するといったこと国策によって、国を成長へと導いて来られました。

そうした観点で見ると、今、日本の人口が減少の一途をたどる中で、生産性を上げていこうとする伊藤様のお取り組みは、今後10年、20年、30年と年月を重ねるごとに、重要度を増していくのだろうと考えております。

伊藤氏:私自身は、経産省に入省してから、これまでの間に、日米貿易摩擦対応、エネルギー政策担当など、転職すると言ってもよいくらい劇的に仕事が変わってきました。それは非常にチャレンジングで良かったのですが、自分のキャリアの軸足をどこに置くのか、あまり意識しないまま人材育成されてしまう傾向があるという点は、大手の民間企業でも同じではないでしょうか。

その中で、自分の関心分野はこれだと強く意識したのは、2000年前後に役所から離れて、アメリカのコロンビア大学ロースクールに留学させてもらったときのことです。ちょうどコーポレートガバナンスの議論が盛んな頃だったので、ロースクールを出てアメリカニューヨーク州の弁護士資格を取り、ローファームでインターンをしながら、コーポレートガバナンスの最前線に触れる機会がありました。

しかし一方で、株主至上主義であるアメリカのコーポレートガバナンスに違和感を感じていたんです。"キャピタルを提供している人がすなわち企業のオーナーである"という考え方ですね。しかし、一方では、"多様なステークホルダー"がいて初めて企業は成り立っているという考え方もある。日本企業の歴史的な成り立ちや、日本企業の強さを照らし合わせてみると、フィナンシャルキャピタルを提供している株主と同等、もしくはそれ以上にヒューマンキャピタルも大事なのではないか、と疑問を抱いたんですね。

おそらく企業の置かれているフィールドや歴史によって、最も重要な財は異なってくると思うのです。フィナンシャルキャピタルと同じくらい、ヒューマンキャピタルも大事であり、ビジネスモデルにおいて、ヒューマンキャピタルによって企業の競争力が決まっているのだとすれば、株主よりも、それを提供している人、つまり「人材」が大事だということになります。これが私の問題意識の原点です。

私は、2015年末から、経産省で人材政策の責任者をしているのですが、15年経って、ようやくこの議論が政策の中心的な課題として、位置づけられるようになってきた気がしています。というのも、歴史的には、経産省が担当する産業政策のほとんどは、資金の話だったんですね。日本史で出てくるような戦後の傾斜生産方式の話から、最近のベンチャー支援まで、一貫して資金の調達と分配について考えてきたわけです。

しかし、我が国の希少財は、もはや資金ではありません。本当の希少財は「人材」であるということに、政府も企業も、ようやく気がついた。これからは本当の意味で、人材の最適配分による国の成長について、本気で考えなければならない時がきているのだと思います。

人材のROA・ROIを高めるために必要なテクノロジー

福田:希少財である人材の全体最適化を図るために、国民一人ひとりの働き方改革が不可欠だ、ということですね。

伊藤氏:そうです。しかし政府にとって、働き改革の議論は、非常に発想の転換を迫られるものなんですね。これまでは"個人"に着目して経済政策を考えたことが、ほとんどありませんでしたから。私は、働き方改革の本質は"選択肢"にあると思っています。

今は、出産・育児・介護など、働く人のニーズが広がり、それに対してテレワークや兼業・副業、フリーランスなど、いろいろな選択肢が広がっていますよね。ところが、これまでは社会保障制度にせよ、税制にせよ、教育にせよ、大企業に長く正社員で勤める人を前提とした制度になっていましたから、そうでない働き方をしている人は、損をするようになっている事実があります。働き方改革によって選択肢を広げたときに、どのような制度がフィットするのか、考えていかなければなりません。そうしたあらゆる制度を社会システムとして作り直していきたい、というのが、今の私たちの最大の関心事です。

福田:社会システムを再構築する上で、重要な役割を持つものは、何であるとお考えですか?

伊藤氏:制度とともに、テクノロジーは強力な武器になります。昨今、AIやデータがいろいろな分野に進化をもたらしていますが、人事・HRの世界ほど、AIやデータが威力を発揮できるところは少ないと思うんです。一方で、多くの日本企業において、人事は最大の抵抗勢力でもあります。その中で、いかにテクノロジーを活用していくかを考えていかなければないというのは、一つのチャレンジになるでしょうね。

福田:米国企業では、部門や社員の役割が明確に規定されている事が多いと思います。一方、日本企業の場合は、部門は存在するものの境界線が緩やかであったり、いろいろな役割を担っていることも多いですね。このような形態は私どものような社員が少ない企業にとっては増える仕事量を少ない人数で補うという点で有効だと感じています。

チームで動くというのが日本の特徴でもあると思うのですが、その割には会社を超えた役割分担はあまりされてきませんでした。しかし、国を一つの会社と見れば、リソースが足りていないのは明らかなわけで。今後はそうした動きを国として実現していくことは不可欠だろうと思っておりますが、いかがでしょうか。

伊藤氏:そう思います。先ほどお話ししたコーポレートガバナンスの研究の中では、フィナンシャルキャピタルのROA・ROIを高めることが経営の根幹だったのですが、それはある意味ではヒューマンキャピタルも同じなんですね。企業で、そして国全体、社会全体で、人材という資産のROA・ROIをどう高めていくかという話です。

現にIT業界では、プロフェッショナルの方は、雇用されないフリーランスという形態で、複数の会社と仕事をしている人が相当数います。昔のフリーランスの印象からは、ずいぶん変わってきていて、本当に競争力のある人材であれば、一つの会社に閉じ込められることなく、複数の企業に対してサービスやプロダクトを提供しています。まさに、ワークシェアリングならぬタレントシェアリングですよね。

HRテックが解決する3つのイシューとは

福田:テクノロジーを活用していくにあたり、特に関心をお持ちのテーマはありますか?

伊藤氏:HRテクノロジーという分野にすごく興味があって、去年、経産省主催で初めて「HR-Solution Contest」というコンテストをやってみたんですね。結果として103社の応募がありました。大半がベンチャーです。そこでわかったことは、AIやデータを使って人事上の課題を解決しようという点に着目して、かなりクオリティの高いサービスを提供しているベンダーは、すでに日本にも出てきているということです。ただ、one-fit-allのような一つで何でもできるサービスはないので、どの課題を解決するかという、"イシュー"が大事なんです。

そのイシューについて、私は大きく3つあると感じました。1つ目は採用関係です。日本には新卒一括採用という極めて独特な企業慣行がありますが、現実問題として1社で3万通のエントリーシートなんてきちんと見られるわけがありません。たとえ見られたとしても、社員で手分けをしているわけですから、一元的には見ていないですよね。その中で、本人の資質やスキルと、企業が求めているスキルやコンピテンシーを、AIでマッチングするというのは、間違いなくプラスに働くはずです。現にそういう採用を始めているところも増えていますし、入社後のリテンションにも活用できるところでもあります。これだけ人材不足が深刻化している中ですから、AIやデータの力を借りて人を確保するというのが、一番ニーズの高い分野だと思います。

2つ目は、労務管理ですね。労働時間の規制強化という荒波が押し寄せる中で、1947年の労働基準法成立以来、労使が合意をすれば、残業は青天井だったところから、罰則付きの上限規制が導入されるようになります。これは働き方に激震を与えることになるでしょう。一方で、1日8時間ならOKで、9時間になるとNGというのは、本当は変な話です。これは、健康でモチベーション高く仕事をする上で必要な健康データをダイレクトに取ることができないために、労働時間を代替指標にしているわけなんですね。しかし、最先端のウェアラブルを使って、健康データや精神状態を活用できるようになれば、その人に合った労務管理のあり方が出てくるはずです。先程、「選択肢」が働き方改革の肝だと言いましたが、それと対をなすのが「パーソナライゼーション」だと思っています。本来、人事は個人化・個別化しなければいけないものですが、実際は個人の資質や今までの職歴を正しく勘案して、人事運用するということは、なかなか多くの企業ではできていません。それもAIの力を借りれば、できるようになるだろうと。

そして3つ目が、教育・人材育成です。今、子供たちの教育の世界でもEdtech(エドテック)と言って経産省として力を入れているのですが、それと並行してリカレント教育と呼ばれる大人の学びの領域でもAIやデータを活用しようとしているんですね。今、その人に必要なスキル・能力は何かとアイデンティファイして、オンライン学習も活用しながら学ぶということは、ものすごく有望な領域だと思っています。

これらの3つを中心に今年、相当伸びてくれば、来年以降HRテクノロジー全体として、さらに拡大していく気がしていますし、ひいては働き方の多様化を大きく後押ししてくれるのではないかと期待しているところです。

次の中編では、人生100年時代に、どのようにキャリアを歩んでいけばよいのか、私たちにとって身近な仕事の選び方について、語っていただきます。