これからのマーケティングのあり方やマーケターが目指すべき姿について斬り込む連載企画「Fearless Marketer」。今回は、働き方改革実現会議に弁護士として携わって来られた、経済産業省 経済産業政策局 産業人材政策室 室長補佐(現 東京八丁堀法律事務所 弁護士)の白石 紘一様をお招きし、弊社 タレントエンゲージメント&オペレーション ディレクターの千葉 修司がお話を伺いました。

前編では、白石様がなぜ弁護士という職業を選び、そこからどのように経済産業省(以下、経産省)に入って、今のお仕事に就くことになったのか。環境を変えたことで生まれた、ご自身の価値観の変化などについて、語っていただきます。

弁護士から経産省へ、白石氏のキャリア

千葉:まずは白石様のこれまでのキャリアをご紹介いただけますか。

白石氏:経済産業省に任期付き職員として着任する前は、もともと弁護士として、法律事務所で働いていました。たしか弁護士になろうかなと考え始めたのは中学3年生くらいの頃で、当時ドラマか何かを見て「弁護士って、かっこいいな」くらいの単純な動機でした。そこから高校生になり、「何をモチベーションにしたら、働き続けられるだろう?」と考えるようになったんですね。何のためにやっているかわからない仕事だと、自分には続かないと考えたからです。それを考えているうちに、「きっと人助けになることだったらモチベーションを保てるだろう」と思い至り、以前からの憧れも加わって、大学に入る時点では弁護士を目指すことを決めていました。

千葉:大学に入った後は、どのような進路を取られたのですか?

白石氏:私の学生時代は法科大学院を経るのが一般的だったこともあり、法科大学院を経て司法試験に合格し、法律事務所に入りました。その法律事務所では、企業法務や労働法務、株主総会指導のような、企業をクライアントとするお仕事をメインでやりつつ、刑事事件を取り扱う国選弁護も多く取り扱っていました。

千葉:そこから、どのような経緯で経産省に入られたのですか?

白石氏:企業をクライアントとする弁護士って、どこかのタイミングで事務所の外に出る経験をして、独自のキャリアを作ることが多いんですよね。私も、どこかよそを経験したいなと思っており、できれば役所に行って法改正に携わることで、弁護士としてその法律の専門家になりたいと考えていました。

もともと私は労働法が好きだという話を周りにしていたところ、よく経産省に出入りしていた弁護士と私の同期の弁護士が、「産業人材政策室(以下、人材室)が弁護士を探している」という話を教えてくれたので、「これは」と思って応募したんです。「これから働き方改革実現会議というものが始まって、50年に1度の労働法の大改正が始まるんだよ」という話を聞いて、大変興味を持ちました。

千葉:労働法の専門家としてお声がかかったのですね。

白石氏:はい。ただ、そのときネックとして感じていたことは、「それって、経産省でやることなのか?」と。特に労働基準法を所管しているのは厚労省ですから、経産省に入って、本当に法改正やその他の動きに携わることができるのか、疑問だったんです。でも、当時の人材室のボスに実際どうなのかと聞いてみたら、「働き方改革は、実現会議という内閣に設置される大きなテーブルでやっていくものだから、経産省に来てくれても十分すぎるほど、いろいろなことができるよ」と説明を受けて、「それなら行くか」と決めた次第です。

ディフェンシブだけではなく、オフェンシブにも思考を転換するために

千葉:入省される前は、どんなお気持ちでしたか?

白石氏:正直、役所の仕事のやり方が想像もつかなかったので、「組織で働くって、どんな感じなんだろう?」とか「役所って、きっと相当堅いんだろうな」くらいに思っていました。

また、働き方改革それ自体についても、基本的には、「苦境にある労働者をどう保護していくか」「そのためにどう規制を強化するか」という話が中心になっていくのかなといった思いがあったのも事実です。

千葉:そこから実際に入られて、どうでしたか?

白石氏:入ってみると、労働時間の上限規制や同一労働同一賃金といった話は、結果として日本の成長にもつなげていく、成長戦略の一環でもあるということが、よくわかりました。また、私は弁護士として、持ち込まれた問題を法律で解決することばかりをやってきていましたし、法律それ自体も、基本的には所与の前提であって、問題解決のためのルールという認識だったんですよね。それに対して経産省での業務は、「そもそも社会に存在する課題を自分たちで見つけに行って、それを解決して前に進むためにどうするかを考える」ものだったので、ある種の衝撃を受けましたね。それまでとは頭の使い方が相当に違ったので、頭を切り替えるのに結構時間がかかりました。

千葉:私も人事として採用をしている中で、例えば営業の候補者の中には「これまでのキャリアでは、既存の業務プロセスの効率化によるコストカットを実現し、お客様の生産性向上を提案をしてきた」という方で「次のキャリアでは、お客様の売上・利益そのものの成長を支援する提案がしたい」という方も多くいらっしゃるんですね。この両者では、頭の使い方はすごく違っているのだろうと思っていて、簡単なことではないと感じます。白石様が思考を切り替えるために、どんな努力をされましたか?

白石氏:だんだんと、法律に限らず制度全般を、所与の前提として、ディフェンシブな観点だけで見るのではなく、これから必要な変化を起こしていくためにどうしていくべきかというオフェンシブな観点でも見ていくのが楽しいなと思うようになっていきました。前向きでいいじゃないですか。成長につながるような話を、自分もどんどんできるようになりたいと。ただ、そうなるためには新しいことをいっぱい勉強しなければと思ったので、例えば読む本のタイプは、だいぶ変わりましたね。

千葉:その中で印象に残っている本はありますか?

白石氏:若干古い本ではありますが、基礎的な部分としては、守島基博先生の『人材マネジメント入門』日本経済新聞社(2004)ですね。"評価制度は、人の給与を定めるためにあるのではなく、むしろその人にどう成長してほしいかを示すためにあるものだ"といったオフェンシブな守島節が書いてあって、「そういうことなんだよなぁ」と共感しました。

人事は従業員向けのサービス提供者

千葉:経産省で過ごされた、これまでの2年間を振り返って、どんなところに課題を感じて来られましたか?

白石氏:いろいろとありますが、1つ挙げるとするならば、人事に関する意識が旧態依然としているところでしょうか。それは一概に人事部門が悪いというわけではなく、会社の仕組みとして職務分掌がそうなっていたり、経営者の人事に対する考え方が因習的であったりすることによるとは思うのですが。そもそも、特に中小規模だと、「従業員が権利意識を持つことが許せない」という発想を持っている企業も多いと思うんですね。例えば、法律上、就業規則は周知しなければならないのですが、従業員に権利意識を持たせないために、就業規則を隠している中小企業は依然として多く残っています。そうしたコマンド&コントロールの世界は、なかなか変わってくれないなぁというのが問題意識としてありますね。

千葉:確かに、悩ましい問題ですね。

白石氏:あとは、経営者にせよ、人事にせよ、人に対する捉え方については、まだまだ変えるべきところがあると思っています。人事の仕事って、本来、決められたオペレーションシステムに当てはめることだけではないはずなんですよ。だけど、奥さんが家で家族の世話をする世界観が前提となっているがために、働き盛りの男は何時間でも働いて、言われた通りのことを全部やるし、転勤しろと言われたら、どこにでも行くのが当たり前という、古い価値観が残ってしまっていて、決まった一律のやり方に人の方を当てはめようとしている。

千葉:ダイバーシティと言ったら男女比や世代別の話ではなく、100人いたら100人違うということが、理解されていない気がします。

白石氏:ダイバーシティは、そういった見えやすい属性の話ではありませんからね。

千葉:オペレーションシステムの話で言うと、私は「働き方の選択肢が、どうやったら広がっていくのだろう」と、ずっと考えているんですね。例えば、営業の世界ではこれまでソルジャーとして、"これを何日以内に何個売ってきなさい、そのために リストの上から順に、ひたすら当たって来い"と命じられることも多かったわけですが、これでは営業するほうも、営業されるほうも、どちらもハッピーじゃない。しかし、そこに我々のようなテクノロジーが入ることによって、お客様が求めているタイミングを見極め、お客様が欲しい情報をご提供した上で、適切な会話ができるようになります。それにより、営業の中で"今まではやりたくないけど無理矢理やらされてきた仕事"がなくなって、人間らしい強みを生かせる職業へと変わり得るのではないかと思うんです。

白石氏:そうですね。きっと、それと同じことが、今いろいろなところで起きているのではないでしょうか。今の時代って、"データを使って個別最適を図れるかどうか"こそが、すべてのサービス提供者の勝ち筋になっているのだと、私は理解しています。それは人事にも言えることで、まさに従業員向けのサービス提供者として、個別最適を図ることが求められていますよね。人事もテクノロジーを使って、データを味方につけることが大切です。

千葉:まったくその通りですね。引き続き、白石様の人事に対するお考えについて、お聞かせください。

次の後編では、これから日本の人事を変え得るHRテクノロジーの可能性についてなど、さらに深くお話を伺います。

取材日2018年9月14日