『「数字指向」のマーケティング』(翔泳社)を上梓した、弊社コンサルタントの丸井達郎が、データや数字、マーケティング成果の証明などにまつわるお話を、業界の先駆者たちに伺う本連載。初回は2BC株式会社 代表取締役社長の御手洗 友昭氏を訪ねました。

前編に続き、後編では、数字指向のマーケティングを実践するために、データとどう向き合っていけば良いのか、2BC株式会社 データサイエンティスト兼よろず屋の河村 基氏をゲストに交えてお届けします。

ストーリーがデータに命を吹き込む

丸井:前編で"データ"というキーワードが出てきましたが、最近では日本企業でもいろいろなデータが溜まってきて、それをうまくビジネスに活用したいというニーズが高まっていると思います。御手洗さんのお客様の現状について、お聞かせいただけますか。

御手洗氏:そこはぜひうちのデータサイエンティストの河村からお話しさせてください。

河村氏:私が関わっているのは大手企業のお客様なのですが、大手企業のトップマネジメントの方々はデータ活用に対して、かなり高い意識をお持ちです。局所的なデータだけでなく、経営全般に関わるデータを幅広く見ている。自社の中で溜まったデータだけではなく、サードパーティーデータも掛け合わせて、市場全体を見渡しながら"自社の価値は何なのか"というのを、包括的にデータから捉えようとしていらっしゃいます。

丸井:それは興味深いですね。

河村氏:中でもセールスやマーケティングのデータは顧客情報そのものですので、極めて重要です。属性・嗜好性・行動など、データから抽出した事実をもとに、正しく顧客を理解した上で、自分たちのアートに結びつけたいと考えている。その思想が現場にまで浸透してくると、現場の方もデータを入力する意義や重要性に気付き、もっとデータを経営に生かせるようになるのですが、まだそこまではたどり着けていないのが現状です。私からは現場の方に響くよう「自分たちの直近の成果を証明するためにデータを入力しましょう」と言ってはいますが、本当に伝えたいのは、もっと先にある経営的なアートの話です。

丸井:そもそも"会社としてどんな世界を目指していくのか"という土台がはっきりしていなければ、なまじデータを活用したとしても、意味あるアウトプットにならないということですよね。だからこそ、そこに気付いたアメリカのマーケターはパーパスに立ち返り、"自分たちが、なぜこれをやるのか"というビジョンをしっかりと持とうという意識になっている、と。

御手洗氏:ビジネスも堅調かつ安泰で、株価も右肩上がり、という日本の大手企業であっても、経営層の方々は「自分たちのビジネスがなくなるのではないか」と危機感を持って、ひどく先を憂いていますね。とはいえパーパスはロジックの追求だけで作れるものではないので、アート的な感性でデータや自分たちのビジネスの歴史をいろいろな角度で見つめる中から、「なんとなくこう思っていたけど、実はこうだったんだ」と気付くことがあると思うんですよ。パーパスを見出すことで、お客様が加速度的に前進されていく姿は、数多く見てきました。

丸井:経営層の方々が「お客様をもっと深く知ったり、自分たちのパーパスを見つめ直したりするための根拠として、データを役立てたい」と思って初めて、現場でのデータの有効活用が始まるのかもしれないですね。

御手洗氏:そう思います。

河村氏:データ万能説を唱える人もいれば、「データで語れることなんて限界がある」と軽視する人もいて、データの捉え方は様々だと思うのですが、普遍的な事実としてひとつ言えることは、"データは過去のものである"ということです。あくまでも未来予測や現状把握を"サポートするもの"でしかない。そこから何かを見つけて、将来のビジョンを描くためには、経営者としての強い意思として自分たちのパーパスを見出す力が必要になってくるんです。

丸井:それはとても共感できます。データを分析すれば答えが出てくると思っている方は、意外と多いんですよね。でも実際はそうではなくて、自分たちが見るべきデータが意味あるものとして使える状態になっていなければなりません。

マーケティングの世界で言えば、マーケティング活動がいくらの売上に貢献しているかを見るためには、あらかじめ数字を整理しておけば、実は複雑なロジックは必要ではないことが往々にしてあります。そのデータを整理するために、サイエンスよりもアートが効くというのは、すごく面白い。データ設計に着手する前に、アートで感性を磨いておかなければ、できあがったデータがストーリー性を持った色のあるものにならないのかなと感じました。

御手洗氏:究極の機能美を追求したいと思ったら、工学を積み重ねるだけではなく、アート的な感性も必要ですからね。マーケティングもファネルに数字を当てはめることはさほど難しくありませんが、そこに意味付けをしてストーリーとして話せなければ、なかなか響かない。コンサルティングをする際には、そこは常に意識しています。

変革の時代を生き抜くFearlessなマーケターであるために

丸井:データを手にした企業やマーケターは、今後どのように変わっていくべきだと思いますか?

御手洗氏:現状、マーケティングはプロジェクト単位で、組織化されていないし、その必要にも迫られていないと思います。我々はICT企業を中心に見ていますが、昨年辺りまではWindows10の移行やオリンピック&パラリンピックの需要もあって、みなさん相当景気がいいですからね。とはいえ、これもバブルで、いわゆる2025年の崖を前に、近いうちに弾けるでしょう。ICT業界に限らず、大きな変革期が近付いていることは間違いありません。

デジタルの接点が増えれば増えるほど購買関与者が変わり、購買動機も劇的に変わっていくと思うんです。選択のコモディティ化が始まれば、みんな自己実現のようなエモーショナルな購買活動を始めるわけです。Marketo Engageのコミュニティにいる方って、組織が買っているという理由だけでなく、「チャンピオンになりたい」とか「これを使いこなしている俺ってカッコいい」といった購買をしている人が増えていると思うんです。押し付けられるのではなく、自分たちの中でブランドを定義している。そうすると組織は個の集合体になり、良いモノを作れば売れるとか、一方的なブランディングの発想は徐々に立ちいかなくなりますよね。こんな世界が来たら、当然、売り方は変わらざるを得ないし、購買関与者のコミュニケーションも変わっていくだろうと思います。

丸井:そんな中で、今後マーケティングのプロフェッショナルに求められる能力は何だと思いますか?

御手洗氏:サイエンスの領域を常に疑ってかかることです。自分たちの市場をミクロとマクロで行ったり来たりしながら会話ができることがマーケティングの醍醐味なので、そこに早く気付いて社内外に発信するチャレンジをしてもらいたいですね。ここまで行かなければもったいない。サイエンスの領域に踏み込むために、その感性を呼び起こしてくれるアートの世界にもっと足を踏み入れることが必要ではないでしょうか。

丸井:我々がブランドメッセージとして掲げている"Fearless"は、まさにそれかもしれませんね。

御手洗氏:アメリカで開催された「Marketing Nation Summit2018」のイベントのテーマが「THE FEARLESS MARKETER」でしたよね。あのときのムービーに登山家とかアクターが出てきたじゃないですか。最初はマーケティングとどう関係あるのか不思議だったのですが、彼らが自分の目標に向き合うときの姿勢とか態度こそが"Fearless"なんだという強烈なメッセージを受け止めました。さすがマーケターが作った会社。高次元なパーパスを持っているからこそ、あぁいうことができるんですよね。あの頃は私もアートとサイエンスを今ほど立体的に見られていなかったと思いますが、今、改めてあのときのインパクトがよみがえっています。

丸井:ありがとうございます。

データを扱う人に求められるスキルとは?

丸井:河村さんにお聞きしたいのですが、今アメリカではリードスコアリングの設計にデータサイエンティストが入って、商談から受注までのコンバージョンレートにレスポンシビリティを持っていて、そのKPIを達成しなければデータサイエンティストが評価されないという世界があるのですが、日本にはまだデータサイエンティストの人材が少ない中で、今後データ分析を行う人たちに必要なスキルとしては、どんなものがあると思いますか?

河村氏:現状、日本のデータ分析は仮説検証型でされていることが多く、仮説が先にあって、それをデータで裏付けるという順序で分析しています。しかし、これだけビッグデータが扱われるようになると、仮説検証型では難しくなってきて、徐々に探索型に移行しつつあります。そこにAIを活用するわけですが、最近はAIを懐疑的に見る風潮が出てきているんですね。なぜかと言えば、AIのロジックはブラックボックスなので、AIが導き出した答えの説明ができないからです。説明できないものをもとに経営者が意思決定できるわけがありませんし、それが自分たちの考えと相反するものだったとしたら、なおさらAIの出した結果に従うことはあり得ないはずです。だからこそ"説明する"というところが非常に重要になっていて、その役割を担うのがデータを扱う人間の宿命です。常にビジネスの現場を見ながら、将来の市場の展望を見据えて説明する。このスキルが、これから一番求められるものだと思っています。

丸井:なるほど。確かに自分がわからないロジックを信用するためには、そこに対する何かしらの検証が必要になるのかもしれませんね。ちなみにお二人にとって"数字志向のマーケティング"とは、どんなものでしょうか。

河村氏:お作法としてやらなければいけないものでありながら、奥が深く非常に難しいもの。やろうと思っても、やらなきゃいけないと思っても、そう簡単には取り組めない。

丸井:まさにその通りだと思います。では最後に、お二人はそれぞれ今後どのような世界観を作っていきたいか、お聞かせください。

河村氏:トップマネジメントの方々は数字に対する感度も高いし、自分たちの思いもあるのですが、それがなかなか現場に伝わっていないことが多い。マーケターの中には、数字に対する感度が高くない方もまだまだ多くいらっしゃいます。数字に対する感度を上げると言っても、ハードルの高いことではないんですよ。まず自分たちの持っているデータをグラフにして可視化してみるところから始めればいいんです。統計的に見られなかったとしても、自分の目で定量的に確認する意識を持ってもらうことが大切だと思っています。

丸井:私が伝えたいメッセージと非常に近いですね。御手洗さんは、いかがですか?

御手洗氏:人口が半分になる時代を憂いたからと言って、「個が強くなれ!」「個がイノベーティブになれ!」というのは違うと思うんです。そんなこと言われても急にできないよ、と。でも、80点くらいまで行ける仕組みを誰かが作れば、後に続く人たちの生産性は上がって、世の中はどんどん良くなるはずよね。それがリーダーの役割であり、我々のサイエンスとアートも、そこにあります。

丸井:それくらい広い視野で数字を扱っていきたいですね。本日はどうもありがとうございました。

最後に「数字指向」のマーケティングを読んでいただいた御手洗さんより本書の感想をいただきました。
一気に読了いたしました。一般的にマーケティングに関する書籍は展開を進めていくと色んな専門マーケティング用語が飛び交ってしまい、どうしても横文字表現になったり業界内の表現になったりするものだと思います。そこでは読者を置き去りにして「学術書」になってしまうケースもあれば、関連ワードに関するTipsなどの枝葉に触れすぎて展開がめちゃくちゃになっているような書籍も多いような気がします。丸井さんの本は、実践を通じて考え抜かれ選び抜かれた「枝葉にとらわれずマーケティングが向き合うべき大局的な視点の重要性」が伝えられていると思います。文中の言葉選びや訴求ポイントの一つ一つにもこだわりを感じました。私自身も多くの学びがありました。顧客を動かす・顧客に伝わるマーケターになれるように、その言葉選びやマーケティングに向き合う姿勢も含めて、社内のメンバーに必読させたいと思います。あらためてありがとうございました。

取材日:2019年6月12日