『「数字指向」のマーケティング』(翔泳社)を上梓した、弊社コンサルタントの丸井達郎が、データや数字、マーケティング成果の証明などにまつわるお話を、業界の先駆者たちに伺う新連載。

初回はBtoBセールス&マーケティングのプロフェッショナル集団であり、弊社ブログの翻訳記事のキュレーションにも携わっていただいている2BC株式会社 代表取締役社長の御手洗 友昭氏を訪ねました。

多くのマーケティング現場やアメリカのマーケティング動向にも精通されている御手洗氏から見た日本の課題と、その打開策とは?

前後編でお届けします。

経営を強くするにはアートとサイエンスが必要だ

丸井:御手洗さんと初めてお会いしたのは、4年以上前ですよね。Marketo Engageが日本に上陸して間もない頃でした。MA業界を初期から見て来られた御手洗さんの印象として、この5年間でお客様の課題は変わってきていると感じますか?

御手洗氏:そうですね。全体的に見れば、マーケティングの成熟度や取り組みのレベルは上がっていると思います。"MA"と言えば魔法の言葉のように扱われていた初期の頃から比べると、今ではMAの周辺にあるテクノロジーも組み合わせながら、さらに上を目指していこうという先駆者が現れていますので。ただ、それはごく一部の話で、まだまだ市場は小さい。根本的な課題解決ができていないケースも散見されますので、その辺りには一定の課題感はあります。

丸井:御手洗さんが最も強く感じておられる根本的な課題とは、どんなものでしょうか。

御手洗氏:うちのお客様はBtoBのICT企業が中心なのですが、昭和から平成にかけて右肩上がりで、"良いものを作れば売れる"時代を経験されていますから、いまだにエンジニアリング主体の組織構造になっているところが多いんですよね。売上構造もほとんどがSGL(Sales Generated Lead)主体のままですし。実際、まだお客様の需要が急激に落ち込んでいないために、大幅な意識改革の必要に迫られていないのだと思いますが、本当は今すぐにでも変わるべきだと思っています。

丸井:御手洗さんは、ご自身が営業の世界で目覚ましい結果を残して来られた屈指のスーパーセールスマンでありながら、マーケティングも理解されているだけでなく、経営者の目線と現場の目線を兼ね備えていらっしゃいますよね。そんな中で、今マーケティングのコンサルタントのお仕事をされていて、ご自身の中で大切にされていることは何ですか?

御手洗氏:丸井さんの本の中にも出てきた"サイエンス"と"アート"の領域ですね。新たな価値創造をロジックで現実世界に展開していくのがサイエンスの領域、そうしたサイエンスを創出するために必要な感性・自分自身の軸を磨くのがアートの領域だと考えています。

例えば、組織人にとってKPIを100%達成するのはミッション上の使命であり命題かもしれません。私も目標達成へのコダワリはいまだに強烈に持ち続けています。ただしそれは"自らの想いや目的"という意味においては、絶対的な目標ではありません。そうなると、KPIの達成を通じて、どんな価値創造をして、何に貢献したいのか。そのためには何を目標にして、どんなロジックで実現するのか。マーケターの悩みの根本はそうしたところにあるように感じています。そんな課題に対して、経営に近い提案をしたいと思ったときに必要な感性をくれるのが、アートなんです。アートは、普遍的な真理を気づかせてくれる世界、柔らかい頭になれる世界という感覚です、企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)などを考えるとなると柔らかい頭でなければ良いものができるはずがないですからね。

私の趣味は釣りですが、美術・哲学・歴史・生物といったものに触れ続けることも大事にしています。海外のCMOもアートとサイエンスに日々触れながら、それらの世界とビジネスの世界を、行ったり来たりしていますよね。

丸井:それはとても興味深いですね。

今こそパーパスに立ち返るとき

丸井:アートとサイエンスに造詣が深いかどうかというのは、現場と経営層の間で大きなギャップがあるのではありませんか?

御手洗氏:相当ありますね。現場のみなさんも欲求レベルが上がってくると、「会社の先行きが不安だ」とか「経営者がビジョンを示してくれない」といった戸惑いを覚えるじゃないですか。それはアートとサイエンスで立体的に捉えられていないからだと思うんです。一方で、その答えを明確に示している経営者もなかなかいない。アメリカのマーケティングは、経営に近いビジョンでGo-to-Market戦略をCROやCEOと一緒に作っていますよね。そこが日本とアメリカの大きな差になっているのではないかと思います。

丸井:アートとサイエンスが現場と経営層をつなぐ共通言語になり得るのかもしれませんね。サイエンスはロジックで定型化できる部分もありますので、"データをどう使うか"とか、"どんなKPIを見ていくか"といった辺りをしっかりと確立できれば、現場の方々はアートのほうへ関心軸を寄せられる気がします。

ところで、御手洗さんは以前「アートは人の差別化要素になる」とおっしゃっていたじゃないですか。自分で磨くべきマーケターの"センス"がそれに当たると思うのですが、多くの方が目の前の業務に追われて、そこに時間を割けない現状がある。さらに、その背景には、経営層に対する投資対効果の証明に苦労されていることがあると思っているんです。その課題を解決するためのひとつのソリューションとして、私は書籍という形で「わかりやすくプロセスを整理して、シンプルに数字をトラッキングしていきましょう」と提案させていただきました。

御手洗さんは、そうしたマーケターのみなさんが置かれた現状を打開するために、どんなアプローチがあるとお考えですか?

御手洗氏:いくつかやり方はあると思いますが、我々のアプローチの仕方をひとつご紹介しましょう。前提として、私は"すべての商いは絶対に価値があって、長年培った素晴らしいものがある"と思っています。そのため、俯瞰的に見たり、近くで見たりしながら、バリュープロポジションや購買プロセスの整理でで、普遍的なエッセンスを抽出していくんです。アートに関するアプローチも、きっと守破離が原則ですよね。それにより、「僕らはA屋さんだと思っていただけど、B屋さんにもなれるんだな」とか、「これまでやってきたことは、こういうサービスだと言い換えられるかもしれない」といったことが整理されて、新たなパーパス(目的・存在意義・大義)を宣言できるようになるわけです。

今のようにSGLが9割の世界でビジネスができている間は、プロジェクト単位で目先の改善をしているだけで、なんとなくいけてしまったとしても、この先2025年、2030年になれば、きっとそのままでは立ちいかなくなるときが来るはずです。それはBtoBであっても、BtoCであっても同じことで、いずれパーパスに立ち戻らなければならなくなるときが必ず来ると思っています。

丸井:なるほど。パーパス・ブランディングと言われるものですね。

御手洗氏:はい。一度パーパスが決まれば、みんな「やれるぞ!」と盛り上がって、ワンチームになれます。もはや目標を上から下ろされた感覚はなくて、たとえ同じ2億の目標だったとしても、その意味合いが変わってくる。ひとつのストーリーに沿って数字を語ることで、みんなが納得感を持ちながら同じシーンを想起できるからですね。我々のコンサルティングでは、こういうアプローチを心がけています。

丸井:パーパスがあるから目標に意味が出てくるし、それに向かって現場が邁進できるというのは、素晴らしいことですね。

御手洗氏:こういう視座に立てるようになると、経営の方や営業の方との会話も出てきて、マーケターという仕事が一気に面白くなりますよ。パーパスなしに「105%達成しろ!それが上からの要請だ」と言われても、みんなの絶対的な目標になんて、ならないですから。アメリカのITハイテク企業のイベントでも、去年くらいまでは「パイプラインを可視化してSWATチームを作れ!それがABMだ!」と声高に叫ばれていましたが、昨今は急激にパーパスに立ち戻っている感じがしますね。

なぜ日本ではデータが集まらないのか?

丸井:パーパスの有無のほかに、アメリカと日本のマーケティングチームの傾向を比較して、どんな違いがあると思いますか?

御手洗氏:CEOやCROに対して、マーケティング成果の正当性をどうやって証明するか、という点においては、アメリカも日本も同じ悩みを抱えていると思います。ただ、アメリカのマーケターのほうが、会社や自身の在り方を立体的に見ているので、イベントでの会話がアートやサイエンスの話だったりして、個別具体の手法論に陥っていないですよね。特に海外のSaaS系企業はビジョンを出すのがうまいですし、成長目標を宣言するときにもしっかりとしたストーリーを持っていると思います。

丸井:確かに。

御手洗氏:加えて、各論で言うと、アメリカと日本では評価制度や組織構成が違うので、「営業がSFAに活動履歴をちゃんと入力してくれない」といった悩みは生じにくいですよね。"SFAに入力するのは、あなたの仕事の一部だ"と評価や契約で縛っているので。データコレクションはアメリカのほうが楽なのは間違いないと思います。

丸井:ロール&レスポンシビリティが明確になっているからこそ、スムーズに機能しているんでしょうね。それにパーパスがあって目標が腹落ちしていれば、現場の方もデータ入力の重要性も理解しやすいでしょうし。まさにデータ活用に向けて大きな組織変革が求められていることを、改めて感じさせられました。

次の後編では、数字指向のマーケティングを実践するために、データとどう向き合っていけば良いのか、詳しくご紹介していきます。

取材日:2019年6月12日